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明治以降 日本人は何を失ったのか

「耳なし芳一」を書いた小説家、小泉八雲ことラフカディオ・ハーンは、アメリカに住む友人あての手紙の中に、日清戦争の勝利が日本人にもたらすであろう影響について次のように書いていました。

「今回の戦争は何としてもひどい事件だ。これによって日本は、家康時代のように完全な独立国になるだろうが、しかしそれが日本にとって最善のことなのか私にはもはや保証できない。国民は依然として善良だが、上流階級は腐敗してきている。昔の礼節、昔の信義、昔の温情は日に照らされた雪のように消えつつある」エルウッド・ヘンドリック宛、1894年(明治27年)9月 平井呈一訳『明治文学全集48 小泉八雲集』

日本を愛し、日本に帰化したハーンには、明治から始まった近代化によって日本人がなくしていく何かが見えていたのだろうか。確かに外から来た人間の方がよく見えるものである。

またラフカディオ・ハーンは近代日本をこうも批判している。

「近代化された上流階級からは何も学び取ることはできない。西洋流の方法で教育を受けた日本人は、その教育課程が高くなればなるほど心理的には私たち西洋人から遠ざかる。明治の新教育の下で、日本人の性格は何か奇妙に硬いものの中へ結晶してしまうようである。少なくとも西洋人が観察した限りでは、奇妙に不透明なものとなるようである」

「情緒的に言うなら、日本の子供の方が日本の数学者より比較にならぬほど我々西洋人に近い。日本の百姓の方が、日本の政治家よりずっと我々西洋人に近い。完全に近代化された最上層の日本人と西洋人思想家との間には、互いに知的に感応するといった交流関係は全く存在しない」

「旧体制のもとで育った日本人は礼儀正しく、利己的でなく、善良でみやびやかであった。それらはいくら褒めてもほめ足りぬ美徳である。しかるに、近代化された新世代の青年の間から、そうした美徳は消え失せてしまった」

「新青年たちは旧幕時代を子馬鹿にし、自分自身は西洋の卑俗な模倣をするのがせいぜいで、浅薄な月並みな議論しか口に出して言えぬくせに、古風な生き方を笑いものにしている」

「異常に加熱した学習努力の結果、判断のバランスも失われ、人間の重みも消え、人間の性格そのものも使い尽くされてしまったのではないか」(『日本人の微笑』『明治日本の面影』平川佑弘訳)

これがハーン1人の感想なら、ひろゆきに「それってあなたの感想ですよね?」の一言で論破されてしまいそうだが、日本に29年間滞在したドイツ人医師のベルツや、日本に30年間滞在して横浜で亡くなったドイツ系ロシア人のケーベルも、日本人に対する愛情を吐露する一方で、「近代化された上流階級」、「近代化された新世代」に対する軽蔑の念を隠していません。

彼らの言葉は単なる人種的偏見からくるものなのでしょうか。私はそうは思いません。なぜなら、彼らの日本人エリートに対する感想は、現代に生きる私が『勉強のできるバカ』に対して抱く感想とほとんど同じだからです(*'▽')

ハーンが言った「日本人の子供や百姓の方が我々西洋人に近い」というのはすごく納得できる。西洋人だって自分が生まれ育った国の文化や風習を大事にしているのだから、日本の文化や風習を子馬鹿にしている勘違いした日本人エリートなんかと分かり合えるはずがないですよね。

『自分の国に敬意を払えないものはほかの国にも敬意を払えない』と言ったサッカー選手がいたと思いますが誰だか忘れました(-_-;)

また、カール・レーヴィットというドイツ系ユダヤ人の哲学者は、西洋かぶれした日本人エリートに対して自らの本の中でこう言っている。(彼は約5年間、現・東北大学で教鞭をとりました)

「日本人は二階建ての家に住んでいる。二階に行くとプラトンからハイデガーまでが紐に通されいつでも読めるようになっていて、詳しいしよくしゃべれるが、一階を見てみると囲炉裏を囲んで着物を着て日本人らしい生活をしている。しかし一階と二階をつなぐ梯子が無いのだ」(言い方は違いますが、わかりやすく言うとこんな感じです) 柴田治三郎訳『ヨーロッパのニヒリズム』1948年

つまり日本の知識人たちは、プラトンやハイデガーを教養のために読むのではなく、出世欲や自分を武装するために読んでいて、ただマウントを取りたいだけなのだ。

日本に亡命し、東北大や京大を含め日本の錚々たる知識人たちと接した彼が、素直に抱いた感想なのだろう。ちなみに彼はハイデガーの弟子でもあります。

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将来を約束されたエリートだった藤村操。彼は『巖頭之感』(がんとうのかん)と題した遺書

「悠々たる哉天壌。遼々たる哉古今。五尺の小躯をもって此大をはらからむとす。ホレーショの哲学竟に何等のオーソリチーを値するものぞ。萬有の真相は唯一言にして悉す。曰く「不可解」。我この恨みを懐いて煩悶終に死を決するに至る。既に巖頭に立つに及んで胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを」

これを楢の木に刻んで華厳の滝に身を投げました。

遺書の意味は

『岩の上で思う。天地は何物にもとらわれず、なんと余裕のある事か。五尺の小さな体でその大きさをはかろうとする。ホレーションの哲学は何ら専門的でも権威のあるものでもない。宇宙の真相はただ一言で言うことができる「不可解である」と。私はこの恨みを胸に持って思い煩い、ついに死ぬことを決心した。すでにこうして岩の上に立つことになって私の胸の中には何の不安があるだろうか、何もないのだ。非常に大きな悲観は、非常に大きな楽観と同じであることを初めて知った』

こんな感じです。

彼の死は当時の社会を動揺させ、後に185人もの後追い自殺者を誘発する社会現象になりました(死者は40人ほど)。

また当時、人気、教養、ともにTOPだった芥川龍之介は「唯ぼんやりとした不安」を理由に自裁しています。

彼らはなぜ自ら死を選んだのか。そのヒントが明治以降急速に進んだ近代化にあるのかもしれません。藤村操については失恋という説もありますが…

 
この本の作者、浜崎洋介先生は私と同い年で、だからなのかわかりませんが彼の話は納得できるものが多いんです。何というか自分が漠然と思っていたことを言語化してくれるといった感じで頭の中にすんなり入ってきます。
ただ言葉の言い回しが難しくて読むのに苦労するところもありますが、そこはご愛嬌ということで。ありがとうございました。