地球の下には何があるのか。この問いは、太古の昔から人類の想像力を刺激し続けてきた。地面の下に広がる未知の世界、そこに築かれた都市、そして今も存在するかもしれない「地底人」──こうしたテーマは、神話や宗教、文学やSF、都市伝説にまで影響を与えてきた。
一方で、実際に「地下都市」は存在する。トルコやイランなどの一部地域では、何千年も前から地下に広大な空間を掘り、集落や都市が形成されていた証拠が残っている。こうした遺跡は、単なる避難所を超えた高度な文明の痕跡として、世界中の考古学者の関心を集めている。
本記事では、実在した古代地下都市の実例を紹介しつつ、もうひとつの興味深い話題「地球空洞説」にも触れたい。果たして地球の内側に、私たちの知らない世界が本当に存在するのだろうか?科学と伝説のあいだを行き来しながら、このミステリアスなテーマに迫ってみよう。
古代地下都市の実在例
1. トルコ・デリンクユ地下都市
トルコ中部、カッパドキア地方の地下には、人類史上でも最大級の地下都市が眠っている。それが「デリンクユ地下都市」だ。1963年、一般市民の自宅改装中に偶然発見されたこの都市は、8階から最大18階に及ぶ階層を持ち、最大2万人が暮らせたと推定されている。
この地下都市には、住居、礼拝堂、学校、家畜小屋、通気口、井戸、さらには「敵の侵入を防ぐための巨大な石扉」まで完備されている。まさに「完全な都市機能」を地下に再現した驚異的な遺構だ。
なぜ人々は地下に都市を築いたのか。その理由には諸説あるが、外敵からの避難、過酷な気候条件の回避、宗教的迫害からの逃避などが挙げられる。特にビザンツ帝国時代には、異教徒や迫害を受けたキリスト教徒がこのような地下都市に身を潜めていたとも言われている。
2. 他の地下遺跡──カッパドキアとナウシャバード
カッパドキア地方にはデリンクユ以外にも多数の地下都市が存在する。カイマクル、マジなどの都市も複雑な構造を持ち、それぞれが通路でつながっていた形跡さえある。
イランのナウシャバードでは、サファヴィー朝時代に築かれた地下都市「オイウィエ」が存在する。この都市は地下約16メートルにわたり、狭い通路と巧妙な通気構造を持ち、敵の侵入に備えた落とし穴や迷路のような構造で知られている。
これらの遺構は、地下生活が単なる一時的避難ではなく、ある程度継続的・集団的な生活の場であったことを示している。
地球空洞説の起源と展開
1. 地球空洞説とは?
地球空洞説とは、地球の内部が完全な岩石やマグマで満たされているのではなく、大きな空間、もしくは居住可能な世界が存在するとする仮説である。
このアイデアの起源は、17世紀の天文学者エドモンド・ハレーにまで遡る。彼は地磁気の異常を説明するため、地球内部には複数の球体が同心円状に存在し、それぞれが自転しているという仮説を唱えた。
19世紀に入ると、空洞地球は文学や探検譚のテーマとなった。ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』では、アイスランドの火山から地球の内部に入り、太古の生命が残る世界へ旅する物語が描かれている。この作品は、空洞地球を幻想世界として一般化する大きな契機となった。
2. モダンな陰謀論・都市伝説
20世紀以降、地球空洞説は一部のオカルトや陰謀論の文脈で語られるようになる。ナチスが地球内部に逃げたという説、UFOが実は地球内部から飛来しているという説、あるいは南極の氷の下に巨大な入り口があるという主張などがそれに該当する。
アメリカの探検家リチャード・バード提督が南極探検中に「緑豊かな地底世界を見た」とする報告も、一部では地球空洞説の証拠として引用されてきた(ただしこれは後年の捏造とされる)。
科学は何を語るか?
1. 地球内部の構造
現代の地球科学は、地球の内部構造を次のように分類している。
-
地殻(最大深度約70km)
-
マントル(深度約70~2,900km)
-
外核(液体、鉄とニッケルの合金)
-
内核(固体、主に鉄)
この構造は、地震波の伝播の仕方、重力分布、地磁気の観測などから非常に高い精度で推定されており、「地球が空洞である」とする説は物理的に成立しないとされている。
2. 地下に巨大な空間は存在し得るのか?
自然界には巨大な地下空洞(鍾乳洞、溶岩洞など)が実在する。たとえばベトナムのソンドン洞窟は、数百メートルの高さと幅を持つ世界最大級の洞窟だ。だが、それらは地球全体に比べれば非常に小規模なものであり、地球内部に「もう一つの世界」があるとは到底言えない。
また、地下深部では温度と圧力が非常に高く、生命活動や都市形成を維持する環境ではない。よって科学的見地からは、空洞地球説は完全に否定されている。
地下都市と空洞説が示す「もうひとつの地球」
ではなぜ人は「地下」に惹かれるのか。
地下は、見えない世界、隠されたもの、未知なる領域として、神話や宗教のなかで死後の世界や異界の象徴とされてきた。ギリシャ神話のハデス、仏教の六道の一部としての地獄、あるいはキリスト教の地獄──いずれも地下に置かれている。
また現実世界でも、地下は迫害からの避難所となり、都市が築かれた。現代の都市でも、地下鉄網や地下商店街、核シェルターなど、「地下空間」は重要な社会インフラである。
地球空洞説は非科学的であるとはいえ、人間の「地の底に何かがある」という想像力の結晶であり、空想と現実の狭間にあるロマンだとも言える。
結論──想像力が掘り進む「地下の世界」
人類は確かに、地下に都市を築いてきた。トルコやイランに残る地下都市は、その証拠である。一方で、地球の内部に別世界が存在するという「地球空洞説」は、科学的根拠に乏しい。
しかし、完全に否定されたとしても、人は地下に理想郷や隠された知識、未知の生命を夢見る。現代においても、月や火星の地下空間が将来の人類移住先として注目されているように、「地下の世界」への興味は続いている。
現実と空想の間で揺れ動くこのテーマは、私たちにとって「知のフロンティア」なのかもしれない。地面の下に広がる謎の世界。それは、地球という星の奥深さと、人類の想像力の深さを象徴しているのだ。