インドとパキスタンは、南アジアにおける隣国でありながら、独立以来一貫して緊張関係にあります。その関係は単なる国境線を巡る争いにとどまらず、宗教的な対立、歴史的怨念、政治的駆け引き、そして核兵器を保有する両国の軍事的緊張という、多層的な要素によって構成されています。
本記事では、この複雑な対立構造を解きほぐすため、歴史的背景から現代に至るまでの両国の関係を整理し、なぜ両国が「仲が悪い」と言われるのか、その核心に迫ります。
- 対立の原点:分離独立と宗教対立(1947年)
- カシミール問題:領土をめぐる三度の戦争
- 核兵器と軍事力の均衡
- テロと非対称戦争の影響
- 和解への試みとその挫折
- 現在の状況と展望(2020年代)
- 2025年5月現在
- まとめ
対立の原点:分離独立と宗教対立(1947年)
インドとパキスタンの対立の根本には、1947年の「インド・パキスタン分離独立(パーティション)」があります。イギリスの植民地であったインドは、第二次世界大戦後に独立を果たすことになりますが、その際にヒンドゥー教徒が多数を占める「インド」と、イスラム教徒が多数を占める「パキスタン」とに分割されました。
この分離独立は、宗教的境界に基づいて国境を引くという極めて困難な作業でした。その結果、約1500万人以上が宗教に基づき強制的に移動し、100万人以上が暴力によって命を落としたとされています。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の間に深い不信と敵意が残されたのです。
この宗教的・民族的分断は、今日に至るまで両国関係に影を落としています。
カシミール問題:領土をめぐる三度の戦争
分離独立に際して、特に深刻な問題となったのが「カシミール地方」の帰属です。ヒンドゥー教徒の藩王が統治していたカシミールは、人口の多数がイスラム教徒であり、パキスタンは当然のように自国への編入を求めました。しかし、藩王はインドへの帰属を選択し、これが第一次印パ戦争(1947年-1948年)に発展します。
その後も、1965年の第二次、1971年の第三次印パ戦争と、カシミールを巡る争いは絶えませんでした。現在、カシミールはインドとパキスタンによって実効支配が分かれていますが、両国ともその全域の領有権を主張しています。この「カシミール問題」は、単なる領土争いを超えて、両国のナショナリズムを刺激する象徴的な存在となっています。
出典:NHKニュース
核兵器と軍事力の均衡
両国の対立は、1998年の核実験によってさらに深刻化しました。インドが5回の核実験を行った直後、パキスタンも6回の核実験で対抗。これにより両国は「核保有国」として互いに牽制し合う冷戦的関係に突入しました。
以降、両国は「相互確証破壊(MAD)」のような状態にあり、全面戦争こそ回避されてきましたが、国境地帯では断続的な小競り合いが続いています。核兵器の存在は大規模戦争の抑止力となる一方で、偶発的な衝突が大きな戦争に発展するリスクも孕んでいます。
テロと非対称戦争の影響
2001年のインド国会襲撃事件、そして2008年のムンバイ同時多発テロは、印パ関係に致命的な亀裂を生じさせました。特にムンバイのテロは、166人の死者を出す大惨事であり、インド政府はパキスタンの過激派組織「ラシュカレ・トイバ」が関与したと断定しました。
パキスタン政府は関与を否定するものの、同国内で活動する過激派組織がインドに対して攻撃を仕掛けている現状に、インドは強い不信を抱いています。国家が直接戦争を仕掛けず、非国家主体による攻撃が頻発することで、両国関係はますます複雑になっています。
和解への試みとその挫折
印パ関係には、和平への努力も数多く存在しました。たとえば1999年の「ラホール宣言」や、2004年以降の停戦合意、鉄道・バスによる人の往来の再開などが挙げられます。しかし、こうした動きはテロ事件や政治的混乱によってしばしば後退します。
特に印パ両国の政治にはナショナリズムが色濃く、政権交代により対話路線から強硬路線へと方針が変化しやすいという問題があります。和平の糸口はあるものの、それを持続させるための政治的安定や市民間の信頼関係の構築が、長期的には不可欠です。
現在の状況と展望(2020年代)
2019年、インド政府が憲法第370条を撤廃し、カシミール地方の特別自治を廃止したことは、パキスタンにとって重大な挑発と受け取られました。この措置により両国は再び外交的に断絶し、国境では衝突が頻発しています。
一方で、両国ともに経済的には発展を目指しており、若年人口が多く未来志向の層も増えています。今後、教育・文化・経済の分野での民間交流が進めば、国民レベルでの理解が深まり、緊張緩和の道が開ける可能性もあります。
ただし、テロ・ナショナリズム・軍事衝突といった火種が常に存在しているため、慎重かつ持続的な和平努力が求められています。
2025年5月現在
2025年5月現在、インドとパキスタンの関係は、過去数十年で最も深刻な緊張状態にあります。カシミール地方でのテロ事件を発端に、両国は軍事的対立を激化させ、国際社会も深い懸念を示しています。以下に、現在の状況を詳しく解説します。
1. 発端:パハルガームでのテロ事件
2025年4月22日、インド統治下のカシミール地方パハルガームで、観光客を狙った爆破テロが発生し、26人が死亡しました。インド政府は、この攻撃がパキスタン拠点の過激派組織「ラシュカレ・トイバ(LeT)」と「ジャイシュ・エ・モハメド(JeM)」によるものと断定しました。これに対し、パキスタン政府は関与を否定しています。
2. インドの報復:オペレーション・シンドゥール
5月7日未明、インド空軍は「オペレーション・シンドゥール」と称する精密空爆を実施しました。標的は、パキスタン支配下のカシミールおよびパキスタン本土の9か所にあるとされるテロ組織の拠点で、バハーワルプール、ムリドケ、コトリ、ムザファラバードなどが含まれます。インドは、これらの攻撃がテロインフラを対象としたものであり、パキスタン軍施設は含まれていないと主張しています。
しかし、パキスタン側は、これらの攻撃によって民間人31人が死亡し、57人が負傷したと報告しています。また、ムザファラバードのビラル・モスクやムリドケの教育施設が被害を受けたとされています。
3. パキスタンの反応と軍事的応酬
パキスタン政府は、インドの攻撃を「卑劣な侵略行為」と非難し、報復を宣言しました。パキスタン軍は、インドの戦闘機5機を撃墜したと主張し、両国間での砲撃戦も報告されています。また、パキスタンは、インドの攻撃によって民間人が犠牲になったと強調し、国際社会に対してインドの行動を非難するよう求めています。
4. 国際社会の懸念と呼びかけ
この緊張状態に対し、国際社会も深い懸念を示しています。アメリカのトランプ大統領は「残念な事態」と述べ、早期の収束を望むと発言しました。また、国連や欧州連合、中国なども、両国に対して自制を求め、外交的解決を呼びかけています。国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」は、核保有国同士の対立がエスカレートすることの危険性を警告しています。
5. 経済への影響と投資家の動向
このような軍事的緊張にもかかわらず、インド経済への影響は限定的と見られています。インドは、イギリスとの大型貿易協定を締結し、アメリカとの関税交渉も進行中です。また、外国人投資家は、インド株式市場への投資を再開し、4月と5月で15億ドルを投入しています。ただし、債券市場からは17億ドルが流出しており、地政学的リスクへの懸念も残っています。
6. 今後の展望と懸念
現在の状況は、インドとパキスタンの間で全面戦争に発展する可能性も否定できません。両国は核兵器を保有しており、過去の対立とは異なる深刻な事態となる恐れがあります。国際社会は、両国に対して対話と外交的解決を強く求めていますが、ナショナリズムの高まりや相互不信が障壁となっています。
まとめ
インドとパキスタンの対立は、単に国境や宗教だけでは説明できない、複雑で根深い問題です。宗教的分断に始まり、領土問題、テロリズム、核軍拡といった数多くの要素が絡み合っています。これらは単独では解決できず、政治的決断と市民社会の成熟が両立して初めて、持続的な平和が実現するでしょう。
国際社会の役割も決して小さくありません。地政学的に重要なこの地域における安定は、世界の安全保障にも直結します。長年の不信と対立を乗り越えるには時間がかかるかもしれませんが、対話の継続と共通利益の模索は、いつか必ず実を結ぶ可能性を秘めています。