7回目の転職
前の職場で病んでしまい人間関係がうまく築けなくなっていた私は運送会社に就職しました。人と接する時間を最小限に抑える職種を考えた結果です。もちろん人間関係はありますが、トラックを運転している間は一人なのでだいぶ楽になりました。
楽になったと言っても精神的にという意味で、その分身体はきつかったですよ。時間は不規則だし睡眠時間は短くなるしで大変でした。私は普通免許しか持ってなかったので4トン車を運転し、フリーのチャーターをやってました。
決まった荷物を決まったルートで運ぶのは身体的には楽なのですが非常に退屈なんです。それに比べてフリーのチャーターは運ぶ荷物も降ろし先も毎回違うので飽きない。しかし身体的にはきつい。私には断然後者のほうが合っていました。
毎日地図を眺めてルートを確認するのが楽しいんですよ。この気持ち男性ならわかってくれますよね?バイクで走った後も家で自分が走ったルートを眺めてニヤニヤしますよね?
ちなみにバイクは前の職場にいるときに売りました。30万円で売れたので東京に行って二日で全部使ってきました^^;。そしてオールローンで車を買いました。本当に愚かだったなと思います。
居眠り運転の恐怖
事故を起こしたことはないですが危ないときは何度かありました。一番焦ったのは、長野県に荷物を運んでいるときの早朝、眠いのを我慢して運転してました。というよりほとんど寝てました。
直線の道でたぶん何秒か寝てしまったんでしょう、はっ!と気が付くと前方の信号が赤で何台かの車が止まっていました。焦って急ブレーキを踏みましたがタイヤがロックして滑っていきます。もう終わったと思いました。
しかし信号待ちをしていた一番後ろの車が、危険を察して反対車線に逃げてくれたんです。そのおかげで衝突せずに済みました。心臓が痛かったです。あの車の方が避けてくれなかったら大事故でした。本当にすいませんでしたm(__)m。今でもたまに思い出してゾッとしてます。
そんな経験から、運転中に眠気を覚ます方法や眠くならない方法をこちらの記事で書いてますのでよかったら読んでみてください⇩
こっちは煽り運転された時の対処法です⇩
道路標識を倒してしまったこともあります。まだトラックに慣れていなかった最初のころ狭い道に迷い込んでしまい、角を曲がるときに標識を巻き込んでしまいました。すぐ会社に連絡してキッチリ怒られて事なきを得ました。標識を弁償したかどうかは覚えていません。
埼玉県で住宅地に迷い込んでしまい、そこの住民の方々に誘導されながらなんとか脱出できたこともありました。
ある積み込み場所では、バック中に電線に引っかけてしまい切ってしまったことがあります。その時はそこの人にけっこう怒られたのですが、そのことがあってから毎回私を指名して仕事をくれるようになり、かなり良くしてもらいました。(行くと毎回缶ビール貰いました。もちろん仕事中は飲みません)
仕事も楽だったのでかなりありがたかったのですが、なぜ私を気に入ってくれたのか今だにわかりません。
家族で故郷に帰るはずが
運送会社に勤めて3年がたったころ、福島にいる父親の具合が悪くなりました。母親から電話をもらい妻とも話し合った結果、福島に帰ることになりました。会社にも伝え、故郷に帰る日にちも決まり準備を進めていたころ突然家の電気が止まります。
電力会社に電話すると、電気料金が未納だと言います。お金のことは全て妻に任せていたし、給料も全て渡していたので寝耳に水です。給料だってサラリーマン以上はもらっていました。
妻に聞いてみると払うのを忘れていただけだと言います。しかし電気が止められるのは滞納してから二ヶ月ぐらいかかるはず、しかもそれまでに何回か督促状が来るので気づかないなんてことはないと思うんだけど…
それからしばらくして、妻が私のクレジットカードを勝手に使っていたことがわかりました。限度額いっぱい引き出していました。妻には私の知らない借金がありました。
高い美容器具、昔買ってすぐ事故を起こして廃車にした車の借金など総額数百万円。その返済に充てていたそうです。当然私は𠮟責しました。なぜ相談してくれなかったのかと。そして妻は子供を連れて出ていきました。
その時から私は世の中が灰色に見えるようになりました。食べ物の味も感じなくなってしまい。毎日ウイスキーをラッパ飲みして意識を失うように眠りにつく。一人残された2LDKの部屋で。何よりもつらかったのは子供に会えないことでした。
妻は車の税金も何年も滞納していました。というか何も払っていなかった。私に残ったのは数百万の借金だけ、カード会社に事情を説明しても私名義のカードなのでどうにもならない。私が返していくしかないのです。
一時期裁判所に行ったり、弁護士さんに相談したりしましたが、途中でやめてしまいました。もう次に進もうと、この戦いを続けるエネルギーはもう残っていませんでした。
しかしこうやって当時のことを思い出しながら書いていると、その時の感情とか怒りとかが蘇ってきてだんだんへこんできますね^^;。頑張ります!
結局一人で故郷に帰った私はしばらく引きこもり、友達の助けもあって地元の食品会社に就職します。そこで初めてボーナスというものを貰いました。私の中で都市伝説だったものが現実になったのです。
続きは次回。
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